日経産業新聞 ベイン寄稿記事 【連載】経営コンサルの現場から   ~創業者目線復活で再生果たす~ (全15回)


本書は、 2014 4 17 日から 5 19 日の日経産業新聞に掲載された寄稿記事の中身をまとめたものです。

(1) 問題解決は現場で
(2)「優秀人材」気遣い妥協生む
(3)勝ちへのこだわり忘れない
(4)コア事業を磨き続ける
(5)革新・現場・行動にこだわる
(6)既存のルール2割を壊す
(7)意思決定の中身を見せる
(8)自分の頭で考えさせる
(9)現場を顧客と向き合わせる
(10)スタバの教訓
(11)権限委譲し行動様式を移植
(12)グローバルとローカル均衡
(13)資産、社外に切り出し開花
(14)合併、理念の共有が大切
(15)ピラミッド型組織を変える



(1) 問題解決は現場で

ここからは「創業者目線の復活」をテーマに、日本企業の再生について書いていきます。なぜこのテーマを掲げたかといえば、日本企業の競争力を奪ってきたのは、「創業者目線」の欠如、いわゆる企業の大企業病化や官僚化だと強く思うからです。人ごととしてとらえる、自らの責任領域を狭く定義してその中での責任にとじこもる、責任を細分化してシェアすることで誰が責任をとっているのかが不明瞭になる――。このようなことがよく起こっていないでしょうか?

創業者が会社を立ち上げた時のことを想像してみましょう。創業者は自らの商品やサービスを心から愛し、これを日々より良いものに高め、競争相手を打ち負かし、顧客に選ばれることだけを考えていたでしょう。問題解決の場は現場でした。問題が発生すれば、その場で関係者全員を集めて知恵を出し、結論を出したでしょう。顧客に喜んでもらい競合に勝つためには、全社員が喜ぶような中途半端な解決ではなく、容赦なく優先順位をつけたでしょうし、結果的に社内の誰かを否定したかもしれません。ただ、中途半端な解決をすることが存亡の危機を招き、社員が不幸になることは誰より創業者がわかっていたはずです。

一方、創業者は現場で日々競争に明け暮れる社員を限りなく大事にしたと思います。現場には志高く、強く、優れたリーダーがたくさんいました。しかし、会社が大きくなるにつれ、グローバル経営の名の下に様々なツールや仕組みが導入され、その仕組みに会社が動かされるようになってはいないでしょうか?

月に数回開催される経営会議に事前調整を経た多くの議題が出され、今日解決しなければならない重要課題が他の課題に埋もれ、結論が出るのはさらに後というような事態になっていないでしょうか? 視線が顧客ではなく社内を向き、「倍返し」のようなことが社内で横行してはいないでしょうか? 「創業者目線」とは創業者自身を指す言葉ではなく、企業が創業の時に持っていた行動様式を指します。その行動様式を取り戻すことが日本企業再生の鍵だと考えます。

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(2) 「優秀人材」気遣い妥協生む

今回は企業が創業者目線を喪失し、官僚化していく理由を考えます。弊社はこの創業者目線について、世界各国の企業を調査しています。新興国で急成長している企業、失われた創業者目線を再度取り戻し復活した成熟国の大企業などの事例を研究し、創業者目線の維持や企業再生のアプローチをまとめています。

新興成長企業の創業者とのインタビューを通じて、企業が官僚化するいくつかの要因が明らかになってきました。第一は、売り上げが人材の成長を上回るスピードで成長するという点です。人材育成が追いつかなくなると、その人材不足を補う様々な仕組みやマニュアルが導入され始めます。マニュアルの導入も、当初は書かれている業務をなぜやらなければいけないか、企業理念とどのような関係があるかについて説明があることが多いのですが、次第に単なる行動指示書になってしまいます。仕組みの管理に注意が向き、創業の理念がすみに追いやられます。

第二に、企業が成長すると、創業時には難しかった優れた人材が採用できるようになります。それ自体は決して悪いことではないのですが、ある新興企業のオーナーが面白いコメントをしています。「優秀な人材はお互い気をつかって中途半端な妥協をするようになる」。創業時は、創業者が圧倒的に強いということもあり、顧客の信頼を獲得し、競争に打ち勝っていくために、社員のメンツなどは二の次でしょう。現場の従業員はもちろん大事ですが、勝つための意思決定にメンツ論を持ち込むことはなかったでしょう。

しかし、皮肉なことですが、優秀な人材が獲得できると、プライドを傷つけないように対立を回避し、中途半端な意思決定をしてしまうことがあります。会議になるとお互い口を出さないということが起こっていないでしょうか? 専門外のことには口を出さないと建前では言いますが、実は自分の分野に口出しされたくないが故に、自分も口を出さないというのが本音ではないでしょうか? プライドを気にして、妥協や不干渉が起こるのです。

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(3) 勝ちへのこだわり忘れない

企業が官僚化する理由についての考察を進めましょう。日本企業に多い固定的な雇用制度も、官僚化の原因です。日本では入社した企業に長く勤めるというのがまだ主流です。また、ローテーションによって社内のいろいろな部署に異動します。そうすると「今日の敵は明日の上司」といったことが起こるわけです。

これも正しい議論や対立を避け、無難な着地を探る強いインセンティブになります。日本企業では、報酬というよりも、出世することがモチベーションになります。一国一城の主として差配ができるようになる、というのが「出世」の実感になるわけです。

しかし、職制上の上位者が常に正しい判断ができるとは限りません。現場から離れ、自分の経験した知識や専門性とは異なる分野で行う意思決定は容易ではありませんが、上位者であるということで裁いているとすれば、これは企業が官僚化している証拠です。

企業の成長に伴って製品や事業の数が増えると、対象とする市場の数も同時に増えるので、結果的にマトリックス組織にならざるを得ません。マトリックス組織になると、必然的に地域軸と製品軸の間での様々な調整業務が増え、同時に対立も増えます。そしてその対立を解決するために膨大な労力が使われるようになります。対立しても正しい結論が導かれれば良いのですが、ここでも中途半端な妥協が行われるリスクが多くあります。日本企業は成長を求めるが故に、事業を多角化したり買収したりするケースも多く、これがさらに複雑化に拍車をかけるのです。自社のコア領域外に事業を増やすことは組織を複雑化するだけでなく、知見が浅い分野で誤った判断を繰り返してしまい、その修復に予想以上の人手を取られるという悪循環も引き起こしかねません。

最後にもう一つ、官僚化の原因を挙げるとすれば、ある程度成功してくるとどうしても生まれてくる「この程度でよいのではないか」という安定志向です。これも「勝つ」ことにこだわる創業時の精神を希薄化させてしまうのです。

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(4) コア事業を磨き続ける

日本企業が低迷すると、経営の仕組みの欠如が叫ばれ、さまざまな経営指標や経営ツールが導入されました。グローバルスタンダードが金科玉条のように言われたことも、世界で使われている経営指標の導入を後押ししたと思われます。

これに、コンプライアンスの仕組みが追加されてくると、この経営管理の仕組みを動かすためにスタッフが増やされ、次第に幅をきかせるようになります。経営トップも、これらのスタッフに依存せずにはこの巨大な経営管理機構を回せなくなってしまうのです。トップの選出自体も、社内の利害調整とともにこの管理機構を回せる人物が優先されるとなると、これはもうリーダーではなく、システムや仕組みが会社を動かしているのと同義でしょう。

もちろん、経営管理の仕組み自体を否定するわけではありませんし、経営上必要な情報が不足すると、正しい判断ができないのも事実です。しかし、創業者の目線と比較すると、システムや仕組みが圧倒的に重視されてきているのではないでしょうか。雇用体系も含めた日本企業独特の組織運営と、近年導入してきた様々な経営の仕組みやツールが重なり合って、官僚化が進んでいると思われます。この「官僚的目線」を脱皮して、「創業者目線」を取り戻すことが、再生を必要とする日本企業にとって重要と言えます。

その根拠は、弊社がグローバルで実施した長年の調査研究にあります。企業価値が継続的に向上し、持続的に成長している企業には、(1)自らのコア事業を圧倒的に強くするために、磨き続けている(2)コア事業を顧客にとってかけがえのないものにするための行動を、「ゆずれない一線」として現場の従業員に徹底している(3)顧客からのフィードバックを体系的に読み解き、コア事業を進化させ続けている、という3つの共通原則があります。

そして、これらの行動をとっている企業の経営スタイルには、まさに創業者が創業時に持っていたであろう「創業者目線」が感じられたのです。

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(5) 革新・現場・行動にこだわる

創業者目線には3つのこだわりがあると考えています。「革新性へのこだわり」「現場へのこだわり」「行動へのこだわり」です。

そもそも創業にあたっては、既存の業界慣行や商品・サービスに対するアンチテーゼが新事業立ち上げのきっかけになっていることが多いものです。強い革新への渇望が創業の高邁(こうまい)なミッションとなり、創業者とこれに賛同する仲間を「革新」を実現する行動に駆り立てます。「革新性」がこのミッション完遂の時間軸を規定します。高邁なミッションの実現は、長期的なコミットメントを生むのです。

革新するのは現場です。創業のミッションに共感し、その実現のために、顧客やものづくりに対して日々情熱をもって取り組む社員がいて、初めてミッションは形になります。こうした社員を大切にし、育成に心を砕き、任せチャンスを与える、という「現場」へのこだわりが創業者の行動にはみてとれます。

ミッション完遂の時間軸は長期ですが、それは激しい一日一日の積み重ねです。新たな事業の創出には、頼るべき前例もありません。日々の課題に対して、自らの頭で考え抜き、時には冷や汗をかきながら、大きな賭けをしてでも勝負に打って出る「行動」へのこだわりも創業者の大きな特徴でしょう。

創業者目線のある会社は、自らのコア事業を磨き続け、顧客にとってかけがえのない存在であり続け、自らが定めた戦う場所で「勝つ」事にこだわります。一方、創業者目線を失った企業は、新しいホットなマーケットを探してさまよい始めます。どう勝つかよりも、どこで戦うかに目線が移るのです。圧倒的に強いコア事業を磨き上げることが成長の秘訣であり、創業者目線を持つことが戦略上肝要です。これから大きく勢力を伸ばしていく新興企業は多くの場合、創業者に率いられているか、創業者目線が色濃く残っているところが多く、これらと日本企業も競争をしていかなければなりません。その意味でも、日本企業が創業者目線を取り戻すことが喫緊の課題なのです。

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(6) 既存のルール2割を壊す

今や世界的な大企業となった日本企業も、元は一創業者が起こしたベンチャー企業でした。パナソニックしかり、ソニーしかり、トヨタ自動車しかり、ホンダしかりです。しかし、企業が規模を拡大するにつれ、組織の肥大化や官僚化は容赦なく進んでいきます。

私が「創業者目線」を一緒に研究しているベイン・アンド・カンパニーのグローバル戦略プラクティスのリーダーであるジェームズ・アレンは半分冗談のように「自分がビジネススクールで経営を学んでいた1980年代の後半は、これらの日本企業が世界市場を席巻している最中だった。欧米企業は必死に日本企業を研究し、そこに流れていた創業者目線に深く驚嘆した。何故、日本企業はこれを失ってしまったのだ。この30年の間に何が起こったのだ……」と言います。

日本企業は「創業者目線」を取り戻すことができるのでしょうか? 答えはイエスです。日本企業の改革の事例を詳細に見ていくと、大企業病を見事克服し、活力を取り戻した事例が存在しています。これから事例を紹介していきたいと思いますが、その前に一つ重要なのは、「創業者目線」の復活は企業を率いるリーダーにしかできないということです。

大企業は既に頑丈な仕組みやルールで運営されています。もちろん、その仕組みやルールで運営したほうが良いこともたくさんあります。子細な事も含めれば、8割はルールで運営したほうが良いのでしょう。しかし残りの2割はむしろ既存のルールを壊して大きく変えることによって、「創業者が創業の時に大事にしていただろう行動」を組織によみがえらせることができると思います。

例えば、顧客第一を掲げているのに、顧客からの強い要望や不満への対応は、うんざりするような社内検討プロセスと事前の根回しを経て、経営会議にやっと上程されて議論されるようなことは起きていないでしょうか? このように官僚的な問題解決の仕組みやルールを壊せるのはリーダーしかいません。創業者目線の復活はこのようなリーダーの存在が大前提です。

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(7) 意思決定の中身を見せる

優れたリーダーによって、企業が創業者目線を取り戻した事例はいくつもあります。その事例をご紹介しましょう。

ある流通企業では毎週、前週に顧客から寄せられた全ての不満や要望について、社長も含めた役員全員が経営会議の時間を使って目を通します。そして、必ずその会議中に対応方針を出し、さらに、その意思決定を全社員に公開します。その行動の発想の原点にあるのは、問題は顧客起点でその場で解決するという姿勢です。社員にその決断を公開することで、真に顧客に向いた意思決定をしているか、リーダーの姿勢を示すことになり、リーダーにも緊張感をもたらします。顧客のために、今解決すべき問題を先延ばししないというのは「創業者目線」の一例でしょう。

ある製薬企業では課題ごとに意思決定者を明確に定め、社長とその意思決定者、そして意味あるインプットができる人で基本的に意思決定を行います。迅速な対応を求められ、経営会議を待てない場合には、これらの関係者で意思決定をしてしまいます。

その場合、経営会議メンバーには事後承認という形になるそうです。これは官僚化した企業の意思決定とは大きく異なります。官僚化した企業ではボトムアップで関係者と調整しながら、最終的にトップの判断を仰ぐというところが多いのではないかと思います。そのやり方の問題点は時間がかかることですが、その根本原因は意味あるインプットをできる人以外の意見が入って右往左往する点です。組織の上位者であるから正しい意見があり、正しいインプットができるわけではないのですが、官僚化した組織では組織内での階層とインプットの質がイコールになってしまうのです。正しい判断をするためには組織の所属や階層にこだわらず、意味ある人が関与して素早く意思決定するというのも「創業者目線」の事例でしょう。

このように、リーダーの行動や意思決定の中身を組織内に繰り返し見せることで、「創業者目線」は社内に浸透していくのです。

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(8) 自分の頭で考えさせる

前回とりあげた製薬企業の社長は、さらに面白いことを言っています。社内での「報・連・相」の廃止です。「報・連・相」とは、実は社員の巧妙なリスクヘッジだというのです。つまり、上位者に事前に話すことによって、上位者の意向を確認し、上位者に受け入れられやすい提案をするというわけです。裏返せば、自分の頭で考えることを最初から放棄している、あるいは自分からリスクを取ろうとしていないのです。

その社長は「報・連・相」をしてくる社員に「職務権限で定めた範囲のことであれば、思い切りリスクをとって仮に失敗したとしても会社はつぶれないように設計してある。だから、自分の頭で考え、自分でリスクをとって欲しい」と話すそうです。創業者目線の復活はトップが自ら行動で示すばかりではなく、社員に自らの頭で考え「わが事」として行動させることも重要なのです。

同様の発想から、最も優秀な社員を初進出する海外市場に単身送りこむ企業もあります。そこではホームマーケットのようなブランド認知も、消費者の支持もありません。ゼロから立ち上げる創業の経験が、最も有効な社員の能力開発だという考えです。社内でこのような「ミニ創業」の機会を積極的に作り、創業者目線を持つ人材を増やしていくことも重要でしょう。

別の企業の社長は、社内にバトルを作るのが自分の役目だと言います。クリエイティブなアイデアで勝負する企業なのですが、アイデアを出す社員とその上司の徹底的なバトルを奨励しています。そして上司の意見や話し合いではなく、全て顧客の意見で決着をつけるのがルールです。

優秀な社員が増えると、お互いのプライドを傷つけないためにあまり意見を言わず、中途半端な意思決定をしがちです。この会社では、あえて健全な対立を社内に起こす仕掛けをつくり、その解決も顧客視点で行う原則を徹底しているのです。これはリーダーの行動ではなく、仕組みの中に「創業者目線」を生むメカニズムを埋め込んでいるのです。

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(9) 現場を顧客と向き合わせる

創業者目線を復活させるには、社内の官僚化したルールを壊すだけでは不十分です。トップ自らが、現場にも広がりつつある官僚主義を取り除き、顧客を向いた現場が「主役」になれるように再度方向付けをする必要があります。かつて日本企業の現場は顧客を向いて仕事をしていたと思われますが、創業者目線の喪失と共に現場にもマニュアルや様々な管理指標がはびこり、現場が顧客を向かず、本部を見て仕事をするようになってきていないでしょうか。本部への提出書類の作成に追われ、会議ばかりが増える、他部門との調整が増えるといった現象が起こっていないでしょうか。

これは実は万国共通の課題です。私の同僚でグローバル戦略プラクティスのリーダー、ジェームズ・アレンは、新興国で勢いのある企業へのインタビューをもとに、ある事例を教えてくれました。中南米にある新興レンタカー企業の創業者の話です。

ある法人顧客が、かなりの台数を予約していたのですが、予定が変わったため、営業所に変更が可能か問い合わせました。電話に出たアシスタントは恐縮しながら、担当者は会議中で30分後にかけなおすと答えたそうです。しかし、かかってこないため再度電話すると、同じアシスタントが更に恐縮しながら、「すみません。また他の会議に入ってしまいました」と答えたそうです。車両確保はその法人顧客にとって、極めて重要です。業を煮やし、社長にクレームをつけようと、不可能だとは思いつつも社長室に電話をしました。ところがあっさりつながり、直接状況を説明しました。社長は「社員が顧客と使う時間がいかに少ないかを知ってがくぜんとした。現場より自分のほうが、顧客がコンタクトしやすいとは驚きだ。社員がデスクに向かうのではなく顧客に向かうよう、直ちにガイドしなければと思った」と話していました。

顧客と現場の声を経営思考の中心に置き、現場が顧客の期待に応えられるよう仕向けるのがリーダーの役割です。皮肉なことに、顧客主義復活の役割を担っているのは、現場から最も距離が離れたトップなのです。

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(10) スタバの教訓

我々のコンサルティングの仕事の中で、現場の社員が顧客と向き合う時間を分析してみると、全体の時間の2~3割という事例を頻繁に目にします。残りは様々な報告書類作成や社内会議に費やされているのです。現場が官僚化している証左です。

もう一度現場が顧客に向いて、2倍の時間が顧客に費やされるようになったと仮定しましょう。仮に1000人の顧客接点がある現場で、そこに払われている1人当たりのコストが400万円の場合、8億円のお金を顧客に再配分するくらいのインパクトになるのです。しかも、新たにお金をつかうわけではないので、とても効率の良い投資だともいえるでしょう。

現場社員の目線を顧客に向けなおしたリーダーの事例としては、スターバックスが有名です。創業の理念は、最高経営責任者(CEO)のシュルツ氏がイタリアを旅行していた時に出会った香りの深いエスプレッソをバリスタの深い知識と共に味わう、豊かな体験の再現でした。そのコンセプトが支持されて目覚ましい発展を遂げました。シュルツ氏は一旦退くのですが、同社は売り上げを伸ばすためにコーヒー以外の商品を扱い、効率化を追求した結果、店頭でのバリスタと顧客との会話も希薄になっていきました。創業当初の理念から徐々に現場が乖離(かいり)していったのです。店に入った時、コーヒーの深い香りではなく、焼けたチーズの香りがするようになっていたのです。歩調を合わせるように業績も悪化していきました。

再建のためにCEOに復帰したシュルツ氏がまずやったことは、創業の理念を実現する行動を現場に再度取り戻すことでした。象徴的な行動として、全米約7千の店舗を営業時間中にもかかわらず一時的に一斉に閉鎖し、もう一度、おいしいコーヒーを入れ、バリスタと顧客の会話を取り戻すための再教育を実施しました。その間の売り上げを失うわけですから大きな賭けであったことでしょう。しかし、現場に再度創業の理念をよみがえらせるリーダーの行動が、その後の見事な業績回復のきっかけになったのです。

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(11) 権限委譲し行動様式を移植

企業戦略の根底にある差別化を支えるのは現場です。自社が顧客にとってかけがえのないものであり続けるための商品やサービスを提供する上で、「譲れない一線」を現場が継続的に実施する。このために、現場が主体性を持ち、権限委譲されていることが重要である、というのが私の一貫した主張です。

これに対して「そんなに現場に権限委譲してよいのか」「小さな企業ならできるが、たくさんの現場がある大企業でそんなに権限委譲したら収拾がつかない」といったコメントを頂くことがあります。しかし、これはいずれも「管理」する発想からきたコメントです。前回のスターバックスのシュルツ最高経営責任者(CEO)がとった行動は、現場を「管理」するのではなく、創業者と同じ目線で現場が行動するという「行動様式」を全店舗に徹底することでした。

創業者目線とは「創業者が創業の時にとったであろう行動様式」をさします。「行動様式」であるが故に、組織の各所、各階層に移植できます。創業者目線が浸透している会社では「管理」はあまり必要ではありません。現場は指示されなくても、何をすべきかについてトップと同じ目線を共有しているからです。

YKKはその代表です。世界71カ国に事業を展開し、ファスナー事業で世界シェア45%を持つ真のグローバル企業です。その展開の広さ、多様性を「管理」するのに、複雑な仕組みがあるのではないかと思いがちですが、それほど複雑な管理は必要ないようです。その理由を同社幹部に尋ねた時の言葉が印象的でした。「創業の理念、会社のミッションをトップマネジメントが手分けして現場に語り続けているので、現場の社員もトップと同じような考え方をするのです。従って、あまり管理をする必要がないのです」

日本企業は、戦略、計画策定、予算管理を精緻に作り上げるスキルやアプローチはかなり向上したと思います。しかし、各階層で戦略や差別化を実行するための具体的な「行動様式」を作り上げ浸透させるアプローチの開発は、まだまだ不十分ではないでしょうか。

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(12) グローバルとローカル均衡

今回は企業の戦略、そして差別化を徹底する「行動様式」を仕組みとして作り上げてきた、ある欧州企業のグローバル化の事例をとりあげます。欧州は国内市場が狭いため、企業が成長しようとすると、たちまちグローバル化が不可欠となります。グローバル展開も本社の事業のやり方を移植するというより、各国の事情に合わせた展開を模索せざるを得ません。従って、そのグローバル化は多くの場合、進出国の現地法人に多くの権限を持たせる方式をとってきました。

しかし、各国で独自展開した結果、大企業としてのメリットが享受できず、ローカル企業との競争に勝てないことがわかってきました。グローバル化の第2段階として、バラバラになった運営を統一し、集約すべきは集約し、規模のメリットの享受を目的に現場に委譲していた機能や権限を本部に集約しました。

その過程で集権化が進み過ぎて、現場の活力が失われていきました。そこでもう一度、顧客に接するローカルの力を強め、グローバルな競争力も維持できるような、正しいグローバルとローカルのバランスに戻し始めました。そのために、日々の局面でどのような行動をとればよいのかを、まずはトップ全員が集まって議論しました。例えば昨日自分がとった行動、社員に発したメッセージ、指示ははたしてローカルを強める目的からみて正しかったのか、といった具合です。

同様の活動を繰り返しワークショップで組織の上から下へと浸透させていきました。その活動の推進役は各部門、各階層のトップパフォーマーです。ワークショップでのリーダーシップは重要な要素となります。仮に業務成績がよくても、ワークショップでの出来が悪いと推進役を外され、出世街道から外れるというくらいの真剣さで進めています。その結果、具体的な行動様式として「Think global, Act local」が定着するわけです。成長のためにグローバル化を進めるという戦略を描くのは簡単です。難しいのはそれを社員一人ひとりにとっての具体的な行動様式に落とし込み、日々実行することなのです。

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(13) 資産、社外に切り出し開花

「創業者目線」は、言い換えれば会社が動くリズムのようなものかもしれません。それはリーダーの行動によって大きく変わることが、前回までの事例でお分かり頂けたと思いますが、会社が「創業者目線」を取り戻した事例もあります。

日本産業パートナーズ(馬上英実社長)というプライベートエクイティファンドは、ベイン・アンド・カンパニーと、当時のみずほ証券などが共同で出資して創設しました。私の前職が日本興業銀行という関係もあり、銀行の先輩だった馬上氏と意気投合して創設しました(現在は、ベインと出資やガバナンス上の関係は、ありません)。

このファンドの成長の背後には、「カーブアウト」というコンセプトへの支持がありました。カーブアウトとは、大企業の中にある優良な技術や顧客などの資産を外部に切り出すことです。

私は長年のコンサルティングのプロジェクトを通じて、日本企業には大きな可能性がある資産が眠っていることを実感していました。しかし、コア事業ではないと位置づけられるなど、資金や人材が回ってこないことがよくあります。

ノンコアに位置づけられた事業をファンドの支援と共に社外にスピンアウトすると、思ってもいないようなことが起こります。その一つが、社員に創業者目線が生まれることです。「独立」という形ですが、創業であることには、変わりません。大企業の複雑さに煩わされることなく、社長と現場が一体となって独立の大義を掲げ、わが事として行動していく。創業者が創業時にとっていたであろう行動を自然にとるようになるのです。

一旦外に出るとグループ関係会社以外の販路が開けたり、今まで考えてもいなかったような提携のオファーが来たりすることもあります。カーブアウトは創業者目線を復活させ、日本企業の潜在可能性を顕在化させるという意味で積極的に検討されてもよいのではないでしょうか。

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(14) 合併、理念の共有が大切

企業が合併した結果、「創業者目線」が復活した事例も存在します。成熟化する国内市場で、合併や統合はこれからますます増加するでしょう。私の経験から言うと、合併で官僚化が進んだケースと、官僚的な体質から脱して「創業者目線」を復活させたケースと、両方があるような気がします。

「創業者目線」を復活させた企業に共通するのは、合併時に企業のトップ同士が描いた、合併の意義や将来構想にかける思いの強さです。その思いがトップ同士でいかに共有されているか、両トップの下で合併作業を推進したリーダーたちが意義や理念を風化させず、理念に基づいて合併企業をリードする立場に居続けているかが大切です。

私が携わったある合併企業のトップは、当時、合併推進事務局のリーダーをしていました。その合併は、当時の二人の社長がグローバルに競争できる企業を作るという強い意志に基づいて推進されました。その時の思いを、合併後十年たって自分が社長になった時に、私に話してくれたことがあります。「合併に伴い、グローバルに競争できる会社になるという意志を実行に移すためには、本業への集中が不可欠でした。そのためには拠点の統廃合、就業地の変更、関連会社の売却などを進めました。結果的に同僚やその家族につらい思いもさせました。だからこそ、なおさら、合併の理念を曲げるわけにはいかないのです」

この企業は合併の理念に基づいて今も大胆に改革を進め、業界のリーダーとしてゆるぎない地位を確立しています。一方で、合併の理念も不明確なまま、合併がもたらす複雑性に翻弄され、統合されないままの旧勢力同士のバランスの維持に知恵を絞るということが起こっている会社もあります。

業界再編にともなう合併はこれから数多く起こるでしょう。「創業者目線」を呼び覚ますような合併にすべく、その意義が将来のリーダーも含む推進者で共有されているか、それを実現する行動様式に落とし込めているか、再度確認が必要です。

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(15) ピラミッド型組織を変える

これまで、より根深い日本企業の課題と、それを打破するための「創業者目線」について書いてきました。「管理」を原則とする従来型の経営管理手法は制度疲労をおこし、企業の競争力をそいでしまっています。管理のためのピラミッド型の組織構造はリーダーを現場から遠ざけます。現場とトップの間に入り込んだ階層や仕組みは、現場や顧客に価値を加えるというより、現場を顧客から遠ざけています。

この仕組みの管理層がエリートとして認識され、上から目線で現場をみているようなことはないでしょうか。新たに入ってくる人材も、現場から離れてこの管理階層の一員になることを目標にしていないでしょうか。この構造が変わらない限り、顧客志向も掛け声倒れに終わります。

このエリートたちにも、ピラミッド型組織は厳しい現実を突きつけます。上に行けば行くほどポストは限られ、「諦め」を強いられるのです。経験もノウハウもありながら、多くの人が諦めていくのは誠に残念です。それだけではなく、海外企業へと人材が流出し、彼らのコアケイパビリティー強化を結果的に助けているのです。日本企業においても、企業の戦略や差別化を支えるコアケイパビリティーを構築する努力に、人材、経験、ノウハウを活用すべきです。

経験や洞察力がある人材が、レポーティングラインの外側にいたとしても、重要な意思決定に対してインプットできるような仕組みを、もっと考えるべきです。ポストでは報いることができなくても、会社の重要な意思決定に関与する機会を増やすことは、諦めざるを得なかった人材に新たな活躍の場を与え、モチベーション維持にも貢献できるのではないでしょうか。このような組織設計は、従来型の「管理」を原則とするものとは大きく異なります。新たな組織設計の原則を構築し、組織構造、意思決定、ガバナンス、行動様式までを整合した形でデザインする手法、「オペレーティングモデル」が極めて有効な手法となってきます。

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