論説
顧客ロイヤルティを獲得する―これはB2C企業にだけ当てはまるものだと考えられがちだ。多くのB2B企業の幹部層は、顧客はあくまで合理的に行動し、主に価格に基づいて判断を下しており、顧客ロイヤルティは影響しないと考えてきた。
しかしながら、近年、工業製品から金融、ヘルスケアに及ぶ様々な業界において、B2B企業の幹部層の間で、顧客ロイヤルティの重要性が認知されつつある。B2B企業においても顧客ロイヤルティは成長を加速し、持続可能な競争優位性を生み出すのだ。しかし、B2B市場では、チャネル構造が独特だったり、売上の多くが少数の買い手に集中していたり、大口顧客との取引では関わる人数が非常に多かったりと、顧客ロイヤルティの向上における特有の課題がある。真の顧客は誰なのか、そしてどうすればその顧客を引き付けられるのか、これらの問いに答えるには各企業に応じた取組みが必要であり、それを高いレベルで洗練させていくことが求められる。
例えば、インドのタタ・スチール社のワイヤー部門 (TSWD)では、新製品開発に当たって、顧客である農家がどのように自社の有刺鉄線を活用しているか、卸業者と小売業者のネットワークを介して理解しなくてはならない。大手企業に製品を供給している場合、その顧客の組織内で誰が最終的な意思決定を下し、誰がその意思決定に影響を与え、誰が実際にその製品を使用しているのかを明らかにするだけでも非常に骨の折れる仕事だろう。
B2B市場では、長らくコモディティと見なされてきた製品であっても、顧客ロイヤルティを高めて戦略的優位性を確立するためには真の差別化が求められる。これは単に価格競争力と品質に優れた製品のみならず、信頼できる納品プロセス、個々の顧客ニーズに応じたサービス、迅速な対応と密接な協力関係も含めた総合的な差別化を意味している。B2B市場における価値は確実に移り変わっているのだ。例えば製造業では、利益の源泉が、付帯サービス、生涯契約、時間単位での製品やサービス提供など、信頼性やリスク軽減に対する顧客ニーズに応えたサービスへとシフトしている。このように、B2B企業が顧客ロイヤルティを通じて収益性を高めるには単なる満足を超える価値を顧客に提供する必要がある。
この点について、クラウドホスティング会社であるラックスペース社のCEOであるラナム・ネピア氏は「我々が素晴らしい企業たり得るのは、お客様が当社のことを素晴らしいと言ってくださったときです。」と述べている。
B2B市場においても顧客による推奨行動は確かに起こっているが、その形は単に企業に対する好意的な発言や他者への推奨に留まらない。どうすればより顧客のニーズに応え、さらなる価値を提供できるか、という議論に顧客自身が参加してくれるかどうか―これも顧客ロイヤルティの表れであり、企業にとって売上や利益を引き上げるのに非常に重要である。
そのため、多くのB2B企業では、「ネット・プロモーター・システム」と呼ばれる包括的なアプローチを導入している。これによって各企業は、どの投資が最も高いリターンを達成するかを究明するための基盤を築くと同時に、徹底した顧客志向の組織を形成することに焦点を絞って、組織内のあらゆる階層における行動、マインドセット、意思決定のあり方を研ぎ澄ましている。
ネット・プロモーター・システムを導入した企業は、自社の取組みのうち何がうまくいっていて何がうまくいっていないのかを理解するため、定期的な顧客フィードバックを活用しており、現場の従業員、マネージャー、そして役員たちに迅速にフィードバックが届くようにしている。これによって従業員は問題点と差別化できるポイントの双方について根本要因を見出し、的を絞った効果的なアクションを取ることができる。このように改善施策を継続的に積み重ねることで、強力な競争的差別化を実現できるのだ。
ロイヤルティの高い既存顧客から収益を生み出すのは、新規顧客を獲得するよりも遥かに効率的である。顧客ロイヤルティは以下のようにいくつかの面で大きなメリットをもたらし、有機的成長を加速させるのだ。
• ベイン・アンド・カンパニーによるB2B企業への調査(ネット・プロモーター・スコアで9-10点をつけた顧客を推奨者、0-6点をつけた顧客を批判者と定義する)を通じて、「推奨者」の平均生涯価値は「批判者」と比べ、3倍から12倍にも達することが明らかになった(業界や顧客セグメントによって異なる)。推奨者はその企業からより多く購入し、より長く継続して利用し、多くの場合対応コストも少なく済み、さらに同僚や知人に推奨してくれる。
• ベイン・アンド・カンパニーの調査と経験によれば、NPSは売上成長率、シェア・オブ・ウォレット(顧客の同カテゴリー商品への総支出額に占める自社のシェア)、営業/販売効率、市場シェア、従業員のエンゲージメント、及び利益率と正の相関があることが明らかになった。
結果として、B2B市場におけるロイヤルティ・リーダー企業は、市場平均よりも4~8%ポイント高い成長率を達成している(図1)。
満足している顧客によって、より良い収益性がもたらされるというのは当然のように思えるかもしれない。しかし、これまで長年、製品や技術のイノベーションに注力してきた多くのB2B企業の日々のオペレーションにおいて、この理屈が浸透してきたのはごく最近のことだ。近年、顧客との良好な関係を維持するのはますます困難になってきており、ベイン・アンド・カンパニーが11ヶ国にまたがるB2B企業の幹部層290人を対象とした調査では、回答者の68%が顧客ロイヤルティが以前よりも低下したと答えている。
一方、CEO主導の徹底した取組みによって、顧客ロイヤルティを高めたB2B企業もある。各社それぞれ特徴があるものの、成功したB2B企業にはいくつかの共通点が見られる。
何が顧客を感動させ、何が顧客を苛立たせるのかを特定する
顧客を感動させる―そんなことは不可能だと考えているB2B企業の幹部層もいるかもしれない。しかし、実際にロイヤルティ・リーダー企業はそれを実現し、サービスもしくは会社に対する熱烈な支持を得ている。
なぜなら、B2B顧客の多くは多面的に企業を評価するからだ。例えば、その企業は自社に対して経済的かつ戦略的価値を生み出しているか、自社の日々のオペレーション(あるいは自分の個人的な業務)を効率化することに貢献しているか、信頼できる企業か、一緒に働きたいと思える企業か、といった要素が挙げられる。安心して信頼できる関係性を築けば、B2B市場においても消費者向け製品やブランドと全く同等の個人的な感情を強く喚起することができるのだ。
多くのB2B企業では、大きく異なる顧客セグメントに対応するために、様々な製品やサービスを提供している。例えば、多国籍農業企業のための設備と、地域に密着したパン屋のための設備は異なる。ターゲットとする顧客セグメントのニーズや行動を把握し、さらにそのニーズにどれだけ応えられているかを理解するには、単にNPSやシェア・オブ・ウォレット、利益率の平均値を見るだけでは不十分であり、さらなる取組みが重要となる。
企業に対する顧客の反応の裏に潜む根本要因を明らかにする上で、顧客からの定期的なフィードバックは重要な基礎データとなる。顧客との継続的なやり取りから、従業員は自身の行う業務のどの部分が最も顧客を感動させ、どの部分が顧客を苛立たせるのかを正確に理解することができる。このプロセスを通じてしばしば、これまで企業が想定していた顧客ニーズに必要以上に応え過ぎていた一方で、真の顧客ニーズを十分に満たしていなかった、といったことが判明するのだ。
適切なフィードバックを得るには、新たな契約交渉やサービス実施など重要な顧客接点の直後に顧客にコンタクトする必要がある。また、回答率を高めるために質問は簡潔に3問に絞るのが理想的だ。具体的には、「推奨するか?」「その理由は何か?」に加えて「特定の項目について意見を聞かせていただけますか?」という3つである。
NPSの調査方法は、個々の業界に合わせてカスタマイズする必要がある。B2Bでは発注担当者からその上司、そして実際のユーザーに至るまで、複数の担当者が関わる場合が多い。各担当者はそれぞれ異なるニーズを有しており、異なる顧客接点が求められる。いつ、どのように、誰を巻き込んでいくべきかという設計は、各業界の流通構造(仲介業者はいるか)、顧客企業の意思決定プロセス(重大な影響を与える外部関係者はいるか)、重要な顧客接点や顧客にとっての「真実の瞬間」といった点によって左右されるだろう(図2、3)。
例えば、建設、ジェットエンジン、自動車部品などの業界では、ロイヤルティは顧客との関係やプロジェクトの成果に大きく依存する。ドイツの塗装・組立業者であるデュール社の顧客は約40社しかないが、その顧客は全て大手自動車メーカーであり、それぞれ何百人もの人々が意思決定に関わる大組織である。また、デュール社内の様々な部署が、顧客企業の多くの人々とやり取りをしている。そのため、デュール社の社員と顧客企業の担当者の関係を全体的に把握することは一筋縄ではいかず、NPSの活用において、誰にフィードバックを求めるのか、顧客の意見に返答する際はどのように連絡を取るべきか、熟慮する必要がある。
製品やサービスの直接的な買い手が卸業者などの仲介業者である場合、仲介業者だけでなく小売業者やエンドユーザーからもフィードバックを得られると非常に有益だ(図4)。実際にタタ・スチール社のワイヤー部門(TSWD)の事例では、小売業者やエンドユーザーへのインタビューから得られた知見が基盤となり、同社の稼ぎ頭となる新製品が生み出された。
TSWDは長年インドで卸業者に鋼線を販売してきたが、エンドユーザーについては似通った人々の集団だと捉えがちだった。農家のタイプによって鋼線の利用実態がどのように異なるのか、どのような商品特性が最も役に立つのか、といった事柄について詳しい調査を行っていなかった。
市場の競争環境の激化に伴い、TSWDは自社の提供する価値の向上と新製品の開発に取り組んだが、それにはまず商流の川下についてのより深い理解が必要不可欠であった。
TSWDは卸業者と綿密に協力してエンドユーザー1,100人と200以上の小売業者や受託業者にインタビューを実施した。これがまさに、特定の顧客セグメントをターゲットとして特徴あるプレミアム商品を開発するための非常に重要な突破口となったのだ。例えば農家の場合、ある顧客セグメントは耐久性を重視していることがわかった。もしワイヤーが破れれば、ぶどうが一列丸ごと落下して腐ってしまうからだ。一方、別のセグメントでは設置の容易さが重視されていた。複数の種類の農作物の生育期に合わせて、農地の様々な場所に柔軟に設置したり取り外したりできるからである。
得られた知見を活用して注力すべき領域を見定める
対応すべき問題点を顧客から指摘されれば、企業はその問題点を修正し、批判者には個別に連絡を取って対応を報告することで、改善につなげることができる。典型的な問題点として、行き過ぎた権限委譲、サイクルタイムの長さ、仕事のやり直しなどが挙げられる。同時に、競合と比較した際の自社の強みや顧客の期待を上回っている点について理解し、それを引き続き再現していくことも重要である。
フィードバックから得られた知見によって、企業は顧客の優先順位に沿った投資を行い、期待できる成果を見積もり、その達成に至るための最良な道筋を描くことができる。
米国を拠点とする財務会計ソフトウェア会社、インテュイットの例を取り上げてみよう。税務会計ソフトウェアは何百もの機能を有するため、会計士にとってすら複雑に感じられる場合がある。実際にインテュイットが新規顧客である会計士から定期的なフィードバックを求めたところ、多くの顧客がソフトウェアの性能の全容を理解しておらず、インテュイットが主催するオンライン・セミナーなどのサポートについても認知していないことが明らかになった。
こうした知見に基づき、インテュイットのプロ・タックス(ProTax)グループは、新規顧客サービスチームを立ち上げ、新規顧客のソフトウェア利用開始をサポートし、主な機能を説明し、なるべく簡単にシステムを理解できるようにした。その結果、このサービスチームのサポートを受けた会計士は、他の会計士と比較してソフトウェア利用継続率が49%も高くなり、2年目の顧客からの収益を50%近く高めることができた。
今日では、ProTaxグループは約10万人の会計士から、いくつかの重要な顧客接点の直後にフィードバックを収集している。現場でも本社でも常に顧客視点を持つことで、着実にビジネス顧客からの支持を高め、業績を改善してきたのだ。
TSWDの事例に話を戻すと、TSWDは農家と小売業者からのフィードバックを受けて、より厚みがあり耐久性に優れたコーティングを施した新しいワイヤーを開発した。Farming Goldというサブブランド名を冠した新製品は15年間の品質保証付きで、外部テスト機関の認証を受けており、価格は既存製品よりも25%高い。滑り出しは上々で、TSWDの製品ラインナップの中でも最も優れた収益性を達成しつつあり、この成果を受けてTSWDは現在、セキュリティ意識の高い顧客セグメントやDIY顧客セグメントに対するサブブランド製品の開発に取り組んでいる。
ベルギーに拠点を置くグローバルバイオファーマ企業であるUCBは、医療従事者と患者のニーズをより深く理解するためにNPSを活用している。ヨーロッパでは、医師から定期的にフィードバックを収集することで、営業担当者、メディカル・サイエンス・リエゾン(MSL)、そして経営幹部もより迅速な対応が可能になり、医師に対してより頻繁に適切な教材の提供や製品情報の説明を行うようになった。
同様に、ある大手スーツケースメーカーでは、顧客フィードバックにより、多くの小売店舗が新製品の情報を入手するために営業担当者のより頻繁な訪問を求めていることが判明した。これを受けて同社は営業訪問回数を増やし、特に売上増が見込める店舗に力を入れ、長期間にわたってショーウィンドウに商品が陳列されているように尽力した。これらの取組みが功を奏して売上は5%増加し、利益も増えた。
オランダの大手総合企業であるフィリップスは、M&Aの成果評価にもNPSを利用している。「無駄な買い物をしないようにするためだ」と最高マーケティング責任者のヘルート・ファン・クイック氏は述べている。
改善を重ねるために再現可能なモデルを構築する
最初の知見を得て具体的な改善アクションを実施した後、次の課題はアカウント・マネジメントの進化、定期的な部門横断型セッションの開催、その他のメカニズムを通じて、そのプロセスを再現可能なものとして定着させることだ。
しかしながら第一に、顧客体験のあるべき姿はどのようなものか、経営陣自らが、シンプルで説得力があり差別化されたビジョンを描かなくてはならない。それには以下のような問いの答えを追究する必要がある―その会社は何を体現しているのか?なぜ他社とは異なるのか?ビジョンはどのようにそれぞれの顧客体験に落とし込まれるのか?これらの問いの答えから、チャネル、製品/サービス、そして現場でどのように仕事をこなすべきかに関する示唆が見えてくるはずだ。
ビジョンの重要な側面として、「成功とは何か」についてのシンプルな定義を明確に示すことが挙げられる。NPSのように、地域や担当部署によらず全社員に通じる、一つの普遍的な顧客指標が求められる。ドイツに拠点を置くグローバル物流企業のDHLでは、経営陣が自社の競争上のポジションを事業別、国別、さらに顧客セグメント別に継続的に把握するためにNPSを活用している。同時に、DHLグローバル運送サービスのオランダ支社で働くある従業員は、特定のコンテナ輸送に関わる例外的問題に対処する顧客に対して、どうすればより適切にサポートできるか、より一般的には、どうすれば推奨者を増やせるか、NPSを活用して理解し、日々の仕事に活かしている。
ビジョンがきちんと示された上で、必要とされる重要な変革(例えば、価格設定の最適化、瑕疵の削減、意思決定に関わる新たなガバナンスの仕組みなど)を特定する必要があるが、多くの場合、複数の部署にまたがる積極的な協働が求められる。企業は各部署やチームに適切なツールを導入し、既存のオペレーションと意思決定のプロセスに新たなケイパビリティを組み込み、根付かせなくてはならない。
インテュイットのProTaxグループでは、顧客ロイヤルティに影響する主な製品やサービスの特性を考慮した上で、ある特定の部署で実施もしくは実施が予定されている各施策を検証し、NPSに対する影響度を2%ポイントの誤差の精度で予測できる構造的な方程式モデルを構築した。ProTaxグループの顧客体験リーダー、ティム・ローリンズは、「顧客に関する課題を明らかにするだけでも大変ですが、さらに困難なのは顧客体験プロセスにおいて考えられる全てのアイデアに対して優先順位をつけることです。この予測モデルは、施策を評価するのに非常に役立っています」と述べている。
もう一つ必要不可欠な点は、経営陣が情熱を注ぎ、明確なリーダーシップを示すことだ。顧客志向のカルチャーを組織に根付かせ、育てていくために、CEOを含む経営陣は定期的な顧客との接点に密接に関わる必要がある。
UCBでは、広範な改革を必要とする意思決定は、必ず経営陣の定例会議に諮ることで、顧客志向の企業文化を維持している。ヨーロッパでは、700人以上の医師が経営陣、ひいてはCEOとの電話インタビューに応じ、詳細なフィードバックを提供している。これはUCBにとって「重篤な疾患を抱える人々の生活を変革するグローバルバイオファーマのリーダー企業」というビジョンを実現するための一つの具体的な方策である。
インテュイットにおいても同様に、経営陣や管理職が定期的に顧客と対話する機会を設けている。現場のマネージャーは顧客の会計士に対して、各顧客接点におけるフィードバックを収集し、ディレクターや統括責任者はより長期的な視点から一年ごとに顧客へのインタビューを行っている。「経営陣が顧客の声を強く意識しているということは、戦略や事業改善プランを構築する際に計り知れない価値を発揮します」とローリンズは述べている。
実際、インテュイットは創業当初から定期的な顧客フィードバックを活用していた。創業者スコット・クックは、大規模小売店に張り込み、自社の個人向け財務ソフトウェアの初期バージョンを購入した人々に声をかけることで有名だったのだ。彼は顧客の了解を得て、実際に顧客が自宅でソフトウェアをインストールし、利用するところまで追跡したことすらあったという。
ツールと自由を与えることで、従業員は自ら顧客に対して最高の体験を提供するようになる
B2B企業が顧客ロイヤルティを高め、シェア・オブ・ウォレットを拡大させるためには、会社へのエンゲージメントが高く、通常業務以上のことを成し遂げようとする熱烈な従業員の存在が非常に重要である。エンゲージメントが高い従業員は顧客により良い体験を提供し、仕事に情熱を持って取り組む。こうしたアプローチは生産性を高め、クリエイティブな商品やプロセスの開発、サービスの改善につながる。
NPSはフィードバックを迅速に得られるため(リアルタイムに得られる場合も多い)、従業員は自分自身の行動が顧客の自社商品利用体験にどのような影響を及ぼしたのかを理解することができる(図5)
「従業員が目標水準を引き上げることができるよう、新たな顧客フィードバックを渇望しています。」イギリスを拠点とする発電機、温度調整装置のサプライヤーであるアグレコでマーケティングのグローバルディレクターを務めるサイモン・リヨンズはこのように述べている。
顧客中心主義の遂行には、一定のフレームワークの中で従業員に権限委譲を進めるようなプロセスの見直しが必要となる(図6)。例えば、中小企業向けのコールセンターでは、主要顧客に対応する際には、全て決められたスクリプトや手順から、より柔軟性のあるものにシフトさせる必要があるだろう。また、評価の指標も、平均コール所要時間といったコスト重視のものではなく、コール所要時間に加えて初回のコールで解決できたかといったことも考慮する必要があるだろう。ただし何でも変更すれば良いということではない。最も効率の良い企業は、明白な行動指針に基づいた意思決定のフレームワークを持ちつつ、日々のオペレーションにおいては現場の従業員に意思決定の権限と責任を与えている。
また、ネット・プロモーター企業は、顧客の声を製造部門や研究開発、営業など社内の様々な部署と共有し意思決定に反映させることが、コラボレーションを強化することに有効であることを知っている。例えばタタ・スチールがFarming Goldを開発した時も、ワイヤー部門のトップが式典を企画し、何百人もの工場の従業員が一堂に会した。
同じようなことは、顧客に直接接する機会があり、企業の評判に大きな影響をもたらす可能性がある流通パートナーや仲介業者などにも言えるだろう。ドイツに拠点を置くエネルギー企業であるエーオンは、新規の中小企業顧客の対応を他社に委託している拠点において、そのことを強く認識した。その拠点では、新たに契約を交わした顧客からのNPSに関するフィードバックから、顧客が想定していたリベートや料金の水準と、実際にエーオンが提供していた水準との間に大きなギャップがあるということがわかった。こうした認識のずれにより、混乱した中小企業顧客からの問い合わせが殺到していたのだ。
これを受けてエーオンは、代理店がより正確に自社の製品や提供する価値を把握し顧客に伝えられるよう、支援ツールやトレーニングの機会を増やした。こうすることで、代理店への評価に品質に関する指標が組み込まれ、最も優秀な代理店により多くの報酬を支払うことが可能になった。チャネル企業と共に顧客の期待値を設定することの効果はすぐに現れ、同国のエーオンの新規中小企業顧客はより明確に同社の商品を理解するようになり、クレーム件数も減少した。
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至ってシンプルな提案である「顧客の立場に立って考える」ということは、非常に複雑であるB2B市場においても効力を発揮し、企業に持続的な競争優位性をもたらす。しかし、顧客志向になるということは、従業員の働き方や行動、考え方などを大きく変える必要があるということだ。特定の商品のみにこだわる姿勢から、顧客を含むより広い視点を持つことへ。部署単独の評価指標(KPI)から、組織全体で統一された信頼性の高い評価指標へ。自由度がなく固定化されたプロセスから、顧客をサポートすることに主眼を置いたチームごとの権限へ。より多くの企業がこのことに気付くことで、顧客ロイヤルティへのこだわりが企業の成長や収益性向上にもたらす影響度合いがさらに大きくなることだろう。